| ●船田元家系図 (人物解説リンク:ウィキペディア /解説: 「新訂 政治家人名事典 明治〜昭和」、他) |
| 船田兵吾 |
教育者、作新学院創立者 |
| 船田中 |
衆議院議員(自民党)、衆議院議長、防衛庁長官、内務官僚/
船田三兄弟長兄/
東京帝大法科大学英法科卒/
◆関連本:船田中 |
| 船田小常 |
第4代作新学院院長、作新高等理容美容学院長/船田中・享二の妹/
■参照:船田小常と田中正造 (「田中正造 その行動と思想」) |
| 斎藤龍太郎 |
文藝春秋初代編集局長、作新学院図書館長 |
船田享二
(きょうじ) |
衆議院議員(改進党)、国務大臣、作新学院院長、京城帝大教授、法博、ローマ法学者/
船田三兄弟次弟/
東京帝大法学部英法科卒/
◆船田享二 |
| 船田文子 |
主婦連副会長 |
| 船田周 |
農博、愛媛大教授、作新学院大学初代学長 |
藤枝泉介
(せんすけ) |
衆議院議員(自民党)、衆議院副議長、運輸相、自治相、内務官僚/
船田三兄弟末弟、工場経営藤枝秀吉の養子/
東京帝大法学部英法科卒/ |
船田譲
(ゆずる) |
参議院議員(自民党)、栃木県知事、作新学院院長/
東大農学部卒/
◆船田譲 |
| 船田昌子 |
学校法人船田教育会理事長、作新学院院長/須藤忠蔵次女 |
| 船田元 |
衆議院議員(自民党)、学校法人船田教育会理事長/
慶大経済学部卒/
元妻は、三菱自動車常務・顧問を務めた自動車工業史研究家の中尾充夫 の娘/
2009年衆院選は落選。
■船田はじめのF-Project.net
◆船田元
「政界再編 」 |
畑恵
(はた けい) |
参議院議員、NHKアナウンサー/
早大第一文学部仏文科卒/
■畑恵公式サイト |
| 元田肇 |
1858〜1938/衆議院議長、逓信相、鉄道相、枢密顧問官/
長男は内務官僚、埼玉・千葉・香川県知事を務めた元田敏夫
東京大学法科卒/ |
小畑美稲
(おばた うましね) |
1829〜1912/元老院議官、香川県知事、貴族院議員(勅選)、司法官僚/男爵/
通称・小畑孫次郎、弟に土佐藩士・小畑孫三郎/
初め、奥宮慥斎について陽明学を学んだが、土佐勤王党に加盟して同志と国事に奔走。
文久3年勤王党の獄で入獄。維新後、赦免され新政府に仕え、
明治2年弾正大巡察となり、以後法曹界で活動。
4年司法大解部に任じ、7年岩倉具視襲撃の赤坂喰違坂事件では
主任判事として審理を行った。
10年九州騒擾に際して奔走し、のち京都地方裁判所長、ついで名古屋、
宮城控訴院長を歴任。
17年元老院議官となり、23年より死去に至るまで貴族院勅選議員を務めた。
26年香川県知事となり、29年男爵を授けられる。 |
小畑敏四郎
(とししろう) |
1885〜1947/国務大臣(東久邇内閣)、陸軍中将/
陸士卒、陸大卒/
◆「作戦の鬼・小畑敏四郎 」 |
| 須藤忠蔵 |
林業経営 |
| 須藤晨三(しんぞう) |
JALホテルズ会長、日本航空専務/船田昌子の弟 |
| 宇津 廣 |
宇津救命丸社長・会長/宇津家第17代/妻・裕子は船田昌子の姉 |
| 宇津善博 |
宇津救命丸社長/宇津家第18代 |
| 平井啓之 |
1921〜1992/フランス文学者、東大教授、立教大学教授、桃山学院大学教授/
東京大学フランス文学科卒/
◆平井啓之 |
| 小平重吉 |
1886〜1960/栃木県知事、衆議院議員/
明治大学中退/
昭和2年栃木県会議員に当選、その間、石橋町長を兼任。
12年衆議院議員当選、17年翼賛選挙で推薦を得られずに落選。
22年初代公選栃木県知事に当選。2期目の任期途中で辞任した。 |
| 小平久雄 |
1910〜1998/衆議院議員(自民党)、労相、小平産業会長/
東京商科大学卒/
◆小平久雄 |
| 小平和正 |
栃木日野自動車社長 |
| 岡田良一郎 |
衆議院議員(当選2回/自由党)、報徳運動家/
漢籍を修める。里正、大区長、佐野-城東郡長兼掛川中学校長となる。
私塾冀北社を起こし、子弟の教導に尽力する。
著書に「二宮大先生伝記」「報徳伝道論」「「巡回紀行」。
◆「冀北の人岡田良一郎 」三戸岡道夫 |
| 岡田良平 |
1864〜1934/文相、貴族院議員(勅選)、枢密顧問官、京都帝大総長、文部官僚/ |
一木喜徳郎
(いちき) |
1867〜1944/枢密院議長、宮内相、東京帝大教授、法学者、内務官僚/男爵/
息子に東大名誉教授(行政法)杉村章三郎/
◆一木喜徳郎 |
| 竹山純平 |
遠州銀行取締役、第一銀行監査役、静岡県多額納税者/
岡田良一郎三男、竹山謙三の養子 |
| 竹山道雄 |
ドイツ文学者、評論家、東大教授/
「ビルマの竪琴」作者
◆竹山道雄 |
| 竹山謙三郎 |
鹿島建設建設技術研究所顧問
◆竹山謙三郎 |