| ●小宮山家系図 (人物解説リンク:ウィキペディア /解説: 「新訂 政治家人名事典 明治〜昭和」、他) |
小宮山常吉
(つねきち) |
祖父/参議院議員(緑風会)/
河内屋商店に勤務の後、機械製造売買業を経て、足立鋼管、足立産業、
昭和鋼管の社長を歴任。
昭和22年山梨地方区から参院議員に当選し1期務める。
ついで武蔵野開発、武蔵野ゴルフクラブの社長にそれぞれ就任した。 |
| 小宮山英蔵 |
伯父/平和相互銀行創立者・会長・社長/常吉の長男
太平洋クラブ取締役、クラウンガスライター会長
小学校卒業後、東京市役所第一助役室給仕となり、夜は日大夜間部に通う。
昭和3年クズ鉄屋・小宮山商店を開業、全国に支店を持つまでになる。
戦後、GHQ嘱託の肩書きを得て、日本清掃作業組合を設立。
各地の旧軍需工場を壊して、スクラップ鉄を回収し、巨万の富を得る。
24年関東殖産株式会社設立、のち頼母子講を近代化した形の平和貯蓄殖産無尽を作り、
相互銀行法が制定・施行された26年平和相互銀行と改称。
営業時間を夜7時までにするなど異色のアイデアで成長し、
その後は太平洋クラブをはじめ子会社を次々に設立して“小宮山コンツェルン”を築きあげた。 |
| 池田勉 |
平和相互銀行副社長、太平洋クラブ社長、警察官僚/妻・良子は英蔵長女/
昭和38年東大法学部卒、同年警察庁に入り、44年警視庁第七機動隊長、
45年警視庁本富士署長、46年平和相銀入行。 |
| 小宮山英一 |
総武流山電鉄社長、平和相互銀行常務/英蔵長男 |
| 小宮山義孝 |
総武都市開発社長/英蔵娘婿 |
| 小宮山精一 |
伯父/平和相互銀行会長・社長/常吉の三男 |
| 小宮山重四郎 |
父/衆議院議員(自民党)、郵政相/常吉の四男/
早稲田大学政経学部、日本大学法文学部/
藤井孝男(関連系図)とは遠縁だが親戚/
読売新聞記者、東洋大学理事、日本大学講師を経て、昭和38年以来、衆院議員に11選。
通産政務次官、総理府総務副長官、沖縄海洋博小委員長を歴任。
51年福田赳夫内閣の郵政相となり、昭和生まれ初の大臣といわれ、
在任中に、郵便貯金で進学ローンを開設、父母の負担軽減に道を開いた。
埼玉医科大学理事、党科学技術議員連盟幹事長、党資料頒布会理事長となる。
昭和39年原子力平和利用会議、世界児童福祉連合会会議に日本代表として出席、
40年科学技術視察のため世界各国に派遣される。
41年中国を歴訪、42年欧米各国の政情視察のため衆議院より派遣される。
政府代表顧問として第三次国連海洋法会議に出席。
田中派、竹下派を経て、小渕派に所属した。
◆著書・関連本:小宮山重四郎 |
| 小宮山勇 |
中山カントリークラブ社長、東洋端子社長/常吉五男 |
| 桂典子 |
母/女優/タカラヅカ時代芸名・椿千代、退団後・桂典子/
本名・小宮山(戸田)乃理子、新珠三千代の妹/
宝塚音楽学校を経て、昭和27年宝塚歌劇団に入団。
椿千代の芸名にて「春の踊り」で初舞台。のち「ひめゆりの塔」(28年)などの舞台に立ったが、
29年の「春の踊り」を最後に退団、同年、桂典子と改名して帝劇「芸者秀駒」に
姉・新珠三千代とともに出演する。
同年、日活に入社、佐伯清監督「からたちの花」で映画初出演。
32年「勝利者」を最後に日活を退社、テレビに転向してNHK「おらんだ剣法」(32年)、
日本テレビ「宮本武蔵」(32年)、TBS「姿三四郎」などに出演した。
34年、のちに代議士となる小宮山重四郎と結婚して芸能界を引退。 |
| 新珠三千代 |
伯母/女優/本名・戸田馨子/
昭和18年、13歳のとき、女学校を中退し、宝塚音楽歌劇学校に入学。
20年宝塚歌劇団に入団、代表的娘役スターとして活躍。
26年、「袴だれ保輔」で映画デビュー。
30年からは、本格的に映画女優として活躍を始め、
清楚な美しさと上品なお色気でたちまち人気スターに。
代表作は「人間の条件」「人間革命」など。
テレビでは、「氷点」「細うで繁盛記」等がある。平成13年没。
◆新珠三千代関連DVD |
| 小宮山泰子 |
衆議院議員(民主党)、埼玉県議/
慶大商学部卒/
■小宮山泰子ホームページ |