近現代・系図ワールド
〜政治家系大事典〜

現代の政治家で、
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松本剛明系図


松本剛明 系図



初代総理・伊藤博文から、脈々と連なる外交・政治の血筋








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●松本剛明家系図 (人物解説リンク:ウィキペディアコトバンク /解説: 「新訂 政治家人名事典 明治〜昭和」、他)
伊藤博文 1841〜1909/第1・5・7・10代首相、貴族院議員(初代議長)、立憲政友会総裁、元老/公爵
末松謙澄
(けんちょう)
1855〜1920/衆議院議員、貴族院議員/子爵
東京高師中退、ケンブリッジ大学卒/妻・生子(明治元年生)は伊藤博文の娘/
大庄屋の家に生まれる。村上仏山の私塾・水哉園に学び、
明治4年上京して「東京日日新聞」の記者に。
伊藤博文の知遇を得、官界に転じ、11年外交官として英国に留学、
その間15年に「源氏物語」を英訳。
19年に帰国し、文部・内務省に勤務しつつ、演劇改良運動にも尽力。
23年第1回総選挙で政界入り、衆院議員に連続3期当選。
のち、法制局長官、貴族院議員、逓信相、内務相、枢密顧問官などの要職を歴任。
40年子爵。40年学士院会員。この間、法律書など150編の著作があり、
特に「修訂・防長回天史」(12巻)の編纂は有名。
また、翻訳小説「谷間の姫百合」も人気を博した。
西 源四郎 1862〜1928/外務官僚(外交官)/妻・朝子(明治9年生)は伊藤博文の娘/
山口県士族・西房至の二男に生まれる。明治16年8月留学生に任命され、清国へ派遣。
18年11月にはベルギーへ転じ、同国の大学に学ぶ。
帰国後、26年6月外務省試補、同年11月外務省参事官。
30年4月公使館書記官となりドイツに赴任。
32年3月オランダへ、36年3月にはオーストリアへ転任。
以後一時期を除き、同国に在勤し、40年2月大使館書記官、45年3月大使館参事官となる。
大正4年1月〜9年12月までシャム国特命全権公使。
10年11月〜13年4月までルーマニア国特命全権公使。昭和3年1月死去。
藤井啓之助 1888〜1959/外務官僚(外交官)/妻・清子は西源四郎長女
群馬県に生まれる。東京帝大卒。大正2年外交官試験合格。
翌年より領事館補として、長春、ホノルル、サンフランシスコ在勤。
7年10月よりワシントン大使館在勤後、9年5月、廈門領事に任命さる。
13年7月より電信・文書・翻訳各課長兼任。15年11月、人事課長。
昭和5年3月より在英大使館勤務、翌6年7月ハンブルク総領事。
7年より、大使館参事官としてベルリン、ワシントン、ロンドンに在勤。
10年12月ロンドン海軍軍縮会議全権委員随員に任ぜられ、
翌11年特命全権公使としてチェコスロバキア在勤。
15年9月依願退職。34年3月死去。
田付七太
(たつけ しちた)
外務官僚(外交官)/辰子、景一の父
駐ブラジル大使として、移民問題に尽力した。
昭和4年退官後は、海外移民組合連合会の理事長を務めた。
田付辰子 外務官僚(外交官)、通訳/景一の姉
ベテラン通訳として、数多くの国際会議で活躍、当意即妙の通訳で信頼を集めた。
田付景一 海外技術協力事業団理事長、外務官僚(外交官)/妻・美代子は藤井啓之助長女
娘婿に中村昭一(外交官)
藤崎万里(まさと) 最高裁判事、外務官僚(外交官)/妻・芙佐子は藤井啓之助二女
娘婿に高橋雅二(外交官)
藤崎一郎 駐米大使、外務官僚(外交官)/
妻・順子は柏木雄介[東京銀行頭取、大蔵官僚(財務官)]の娘
鶴見清彦 外務審議官、外務官僚(外交官)/妻・蔦子は藤井啓之助三女
佐藤喜一郎 1894〜1974/三井銀行社長・会長、経団連副会長/
東京帝大法学部英法科卒/妻は高田商会筆頭重役石川慎一の二女・直子/
母方祖父・佐藤喜左衛門は神奈川県久良木郡長、のち2代目横浜市長を務めた。/
大正6年三井銀行入行。昭和5年ボンベイ支店長、次いでニューヨーク、
上海、神戸、大阪の各支店長を経て16年取締役大阪支店長。
21年帝国銀行常務。頭取になったが、23年に元の三井、第一銀行の2行に
分離されて三井銀行社長。34年会長に就任したが、代表権を持ちワンマン体制持続。
この間、三井グループの長老として活躍。難航した三井物産の大合同に尽力した。
また、全国銀行協会連合会会長、経団連副会長、国鉄経営委員会委員長、
行政審議会会長、電信電話調査会会長などを歴任。
36年政府派遣訪米経済使節団団長としてアメリカ・カナダを訪問。
39年日華協力委員会第9回総会日本側団長として訪台。
臨時行政調査会会長として、39年わが国行政制度全般にわたる根本的改革案を答申した。
48年には産業計画懇話会の代表世話人として「産業構造の改革」を提言した。
amazon私の履歴書 経済人 8
松本十郎 衆議院議員(自民党)・防衛庁長官、大蔵官僚/
最初の妻である佐藤喜一郎長女・広子は、結婚3〜4年で、再生不良性貧血にかかり、
28歳で早世。その後、藤井啓之助四女・悦子と再婚/
東京帝大政治学科卒/
大蔵省に入り、昭和40年神戸税関長、41年銀行局検査部長、42年印刷局長を歴任。
44年から衆院議員を6期務める。この間、49年総理府総務副長官、
54年外務政務次官を経て自民党建設部会長、自民党兵庫県連会長を歴任。
平成元年、海部内閣の防衛庁長官に就任。
3年三塚派を離脱し、加藤グループに加わる。5年落選。
松本剛明
 (たけあき)
衆議院議員(民主党)、日本興業銀行勤務/
東大法学部卒/在学中に国家公務員上級試験に合格するも、銀行マンの道を歩む。
妻・孝子も東大経済学部出身の才媛。大学1年時、語学のクラスで知り合う。
妻も同様に、在学中に国家公務員試験に合格するも、神奈川県庁に入庁(昭和61年退職)。62年結婚。
松本たけあきオフィシャルウェブサイト
吉浜照治
(よしはま しょうじ)
神奈川県議/娘・孝子が松本剛明の妻
寺内肇 財務官僚/妻・玲子は松本十郎長女、剛明の妹




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●参考文献
現代財界家系譜
新版 日本外交史辞典」外務省外交史料館日本外交史辞典編纂委員会
私の履歴書 経済人 8 (佐藤喜一郎)」
人事興信録
平成新修旧華族家系大成」霞会館
大蔵省権力人脈」栗林良光
大蔵省主計局」栗林良光
日本の実業家―近代日本を創った経済人伝記目録」日外アソシエーツ
週刊新潮





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